株式会社Next Commons Lab(以下、株NCL)と株式会社イーネットワークシステムズ(以下、ENS)が運営するエネルギープラットフォーム「SOCIAL ENERGY」。地域のために活動するローカルパートナーが電気を販売し、収益の一部を自身の活動や地域に還元することで、「電気のコモンズ化」を目指す仕組みでもあります。
今回のゲストは、かねてから「コモン」という概念(※私有財や公共財とは異なる「共有財」という考え方。斎藤さんは「社会的に人々に共有され、管理されるべき富」と定義)を提唱されてきた経済思想家・斎藤幸平さん。著書「人新世の『資本論』」は、45万部(※2022年7月現在)を超えるベストセラーとなりました。なぜいま「コモン」が必要なのか、SOCIAL ENERGY運営メンバー・武井浩三(株NCL・共同代表)との対談形式でお話を伺います。
必要なのは「大胆なシステムチェンジ」と「脱成長」
家冨:ファシリテーターを務めます、株NCLの共同代表・家冨です。
今日はオブザーバーとして、斎藤さんの著書を読ませていただいていたり活動に共感している株NCLのメンバーも何名か同席させていただき、お話を伺っていきたいと思います。早速ですが、まず45万部も売れている著書「人新世の『資本論』」がそこまで支持された理由について、ご自身ではどうお考えですか。
斎藤:コロナ禍がひとつの大きなきっかけになったのではないでしょうか。コロナ禍も気候変動も、本でいうところの「人新世の危機」であり、私たちの今まで通りの生活がどれだけ地球に大きなインパクトを与えるようになっているかということが分かりやすい形で可視化されてきました。また、その際のツケは社会的弱者に押し付けられ、格差は拡大しました。
資本主義の矛盾があらわになる中で、もっと大胆なシステムチェンジが必要だ、という考えは共感を生んだのではないかと思います。
武井:僕はあの本にすごく共感が強くて。「SDGsはアヘンだ」という、かなり刺激的な切り口から始まりますが、それが小気味いいというか、よくぞ言ってくれたという気持ちでした。
不動産業界に長くいたこともあったり、働き方改革みたいなことを15年ぐらい前からやってきて、 どう考えても根本的な社会とか経済のOSを変えないとダメだという確信がありました。斎藤さんのいう「脱成長」がまさにそれだと。世間からすると、「脱成長」と、「成長を目指しながら環境にも配慮する」とか「公平な分配を」みたいな考え方って同じように見えてしまうかもしれませんが、実際には根本が違いますよね。根本的なシステムチェンジの必要性というのは、いつ頃から感じていらっしゃいましたか。
斎藤:私はマルクス主義者なので、かなり昔からありました。歴史的に「根本を変えずに法律を変える」とか「再分配を増やす」という対処ではだめだと言ってきたのがマルクス主義です。
地球環境の限界を前にして、SDGsなどでは間に合いません。できるだけ大きな変化なく、うまくソフトランディングさせたいという一般的な考え方に対して誰かが疑問を投げかける必要があります。けれども、それはビジネスの中からは出てこないでしょう。だから、社会運動家や、若者世代のような、既存の枠組みの中で必ずしも優遇されていなかったり、外から相対化して見られるような人たちが問題を提起していく必要があります。その上で対話をして、考えることが重要です。あと10年程でどれだけのことができるかが勝負です。
地方と都市、それぞれにおけるコモンズ
武井:本当に納得感しかないです。僕は小さくてもいいから「新しい社会」を実際に作ってしまうことが重要だと思って、実例を作るための活動をたくさんしています。NCLという組織は、やっぱり「コモンズ」がキーワード。資本主義を全否定して入れ替えるんじゃなくて、資本主義をハックして、いい部分は残しながらいかに共助の経済を作っていけるか、という考えからENSと取り組んでいるのが「SOCIAL ENERGY」です。
電気小売をサポートしてくれるENSと、ローカルとの繋がりが強いNCLがタッグを組むことで、地域のために活動する企業や団体といったローカルパートナーが電気を販売することができる。ローカルパートナーを応援したい人が電力プランを切り替えてくれることによって、電気代収益の一部がふるさと納税のようにローカルパートナーとその地域に還元される仕組みです。疑似的ではありますが、電気だけじゃなくて、会社自体もコモンズ化する。
SOCIAL ENERGY以外にもこのような事例はたくさん生まれてきていると思いますが、コモンズが今の社会の中でうまくワークした事例ってありますか。
斎藤:武井さんもよくご存知の、西粟倉村とか。実は私自身も知人と一緒に「コモンフォレストジャパン」という一般社団法人を作って、高尾山の一部エリアを購入しようと思っているところです。
山を買う、というと林業など事業化のイメージを持たれるかもしれませんが、ワークショップをやったり、山菜をとったり「開かれたコモンズ」として、来た人々と触れ合うような空間を作ろうとしています。都会の便利なライフサイクルの中では持続可能性というものをイメージできず、本質的に考えられない。彼らが何らかの形で自然に触れたり、自分たちが口にする食べ物や、使っているエネルギーというものをもうちょっと身近に感じる一助になればと。
高尾山に限らず色んなところでそういう取り組みが起こって、それを通じた交流をさらに活発化させていくことが必要だと思っています。
また、コモンズという概念をここ2年ぐらい一緒に提唱してきた岸本聡子さんが、最近行われた杉並区長選挙で約180票差で現職の区長を破り、23区で歴代三人目の女性区長になりました。まさにコモンズとか、市民のための民主主義が実現できるのではないかと思っています。岸本さんや世田谷区の保坂さんなどのリードによって都市が変わっていく兆しが少しずつ出てきていることを後押しに、いろんな地方の人たちが頑張ってきたことが有機的に結びついていくと良いですよね。
武井:都市部でのコモンズ作り、すごく共感します。僕、まさに世田谷区に住んでいまして。区の都市計画や政策に対して不定期に提言をさせていただいてたりするんですが、そのご縁で区が所有している空き地(代替用地)をコミュニティースペースとして活用するプロジェクトをやることになって、二子玉川のど真ん中で公園と畑を手作りしているんです。やっているうちに300人規模のコミュニティになって、毎週3〜40人でそれぞれが畑を作ったり、砂場やブランコを作ったりと、かなり面白いことになっています。
都市部は土地が高価なので、経済的に利活用しようとすると大体が駐車場とかマンションになってしまう。それを一民間人の力で覆すのは並大抵のことではないですが、行政と組むことによって「空き地を地域のコモンズにする」みたいなことができてきた実感があります。理解ある行政がコモンズを生み出す活動に参画してくれると、世の中も、一民間人の活動領域も変わるなと感じています。
斎藤:まさにそれがヨーロッパを中心に出てきている「ミュニシパリズム」という、革新的な自治体が目指していることです。
東京以外でも、バルセロナのフィアレスシティのように土地の値段や家賃が高くなりすぎている都市ではもっと色々なものを再公営化してコモンズにしていこうという動きがあります。人口減少の一途を辿る中で、二酸化炭素をたくさん排出してこれ以上高い建物を作らなくても良いのではないかと。
そうした流れの中で、みなさんの活動が分かりやすい形で広まっていくということも、今後コモンズをつくる動きを活発化させていく上で重要だと思います。
共同管理からうまれる、地域の好循環
武井:ありがとうございます。NCLやSOCIAL ENERGYの活動を応援していただいたような気がして、嬉しいです。
そもそもコモンズ化するってどういうことなのかを今の資本主義的な言葉で総称すると「共同所有」「共同労働」「共同利用」による「共同管理」なのかなという仮説を持っています。それに沿って設計された仕組みの中では、誰か1人だけが大金持ちになって他の人が搾取されるような関係性は成立しません。まだ分配するほどの収益が上がらないものばかりですが。
最近NCLファウンダーの林篤志が新潟県の山古志村で手がけているNFTプロジェクトのように、共感してくれるステークホルダーを幅広く募って権利構造を自由にデザインできる仕組みもありますが、コモンズを取り戻すにはどんなテクノロジーが活用できそうでしょうか。
斎藤:NFTもブロックチェーンに基づいたDAO(Decentralized Autonomous Organization・分散型自律組織)も、「技術ができれば一気に資本主義的なものが突破できる」という考えのもとでは、 容易に資本主義的なものの補完物になってしまうのではないかという懸念があります。
別の技術の使いかたとしては、映画「おだやかな革命」でも紹介されていましたが、岐阜県にある石徹白村という人口250人の小さな村では「大手の電力会社と契約していると、年間何千万円というお金が電気代として域外に流出してしまう」という課題がありました。そこにたまたま知見のある人が村に移り住んできて、「稲作が盛んだから、水路を使って小水力発電をしよう」ということになって、自分たちで再エネ100パーセントの電気を発電するようになったんです。
市民がお金を出し合って共同所有にすることでみんながオーナーになって、それを自治体とともに管理していくようなモデルが構築できると、エネルギーも電気の収益も循環して、雇用も生まれる。環境と経済と地域文化が三位一体となった取り組みは西粟倉村での事例と重なる部分もありますが、より小規模なぶん、みんなが参加できるという意味でも面白いと思います。
コモンズの「ラディカルな潤沢さ」とは
武井:電気はまさに社会的共通資本、社会共通材ですが、日本の電力業界は「発電」と「送電」と「小売」というようにそれぞれが分断されてしまっています。
SOCIAL ENERGYで担うのは「小売」のパートだけなので、電気自体をコモンズ化しよう、という思想を表現できる限界をすごく歯痒く感じると同時に、今できることは「電気の小売」という枠組みの中でやり尽くした気もしています。
エネルギーは商品自体での差別化ができないので、共感や人間関係を原動力として応援してもらうしかない。でもやっぱり「電気の契約先を切り替えてもらう」ということは容易ではないんですよね。商業施設とか工場の場合はさらに電気代のコストの規模感が大きくなるので、人間関係と環境への配慮があったとしてもコストがネックで意思決定できない、というケースも多いのが現状です。
斎藤:太陽光パネルを設置するためのグリーン債を発行するとか、国がもっと再生可能エネルギーを増やすような方向に舵を切らないと、今の規模で一般化するのは難しい。それはエネルギーに限らず、教育などでも同様です。
家冨:さっき参加者の方から「コモンズの『ラディカルな潤沢さ』というのはどういうことでしょうか」という質問がありました。
斎藤:車がわかりやすい例です。「1人1人がそれぞれ大きな車に乗りたい」という資本主義的な潤沢さは、電気自動車になったとしても、地球環境への負荷や渋滞など色々な課題を生みます。
それに対する解決策のひとつがシェアリングカー。ただし、シェアリングカーも子どもやお年寄りなど、いろんな理由で車に乗れない人たちが車社会から排除されるということの解決策にはならない。
誰もが安心して道路を使えるようにするためには、車の台数を減らしてバスや自転車に切り替えていく必要がある。道路の面積自体は変わらなくても、その時に初めて道路が「誰もが平等にアクセスできる」ものになります。 今まで大きな車に占拠されていた道路が「コモンズとしての道路」になると、新しい意味での潤沢さを持つようになる。これが「ラディカルな潤沢さ」ということかなと思います。「シェアした時のフェアなあり方を考える」イメージです。
豊かな感性のための「アンラーニング」
家冨:「山を買うけど、事業化はせずに人々と触れ合う空間をつくる」っていう先ほどのお話がすごく印象的で。SOCIAL ENERGYというプラットフォーム自体が、電力の活動を通じて共感してくれる仲間を募れるような仕組みになっているので、これからの可能性を感じました。最後にどなたか、斎藤さんにご質問のある方がいらっしゃればお願いします。
参加者・森山:御祓川大学というコミュニティー大学のアクティブブックダイアログで「人新世の『資本論』」を読んで、我々が学び続けて行かないと、ここで描かれている世界観は実現しないのではないかという疑問が出てきました。学びや知識によって行動を決められる反面、日々湧き上がる欲求に流されてしまうことの狭間に我々はいると思うんですが、教育以外で変えていく方法はあるんでしょうか。
斎藤:アンラーニング、要するに学び捨てるということです。私自身も含め、都市に暮らしているとどうしてもそのカルチャーにどっぷり浸かってしまいます。それを全部否定したり手放す必要はないけれど、それだけだと個人化した競争主義的で貧しい感性になってしまいます。「感性を豊かにする」ということが一番難しいですね。
参加者・森山:そういう意味では、我々の地域にとって「祭り」は大きな意味のある存在です。教育されているからじゃなくて、単に楽しいからやっている。だけどその中に守らなければならないものが包含されていて、祭り自体がコモンズだなって思うことが多いんですよね。
斎藤:伝統的なものは大事ですし、地方の方がそういう共同体意識を養う場があるということかもしれません。その感覚はやっぱり都会に行けば行くほどなくなっていくと思うので。何かひとつのことをみんなでやるのは、大事ですよね。
武井:僕らはどちらかというと「実践して試行錯誤することが楽しい」という側面も強いのですが、「人新世の『資本論』」が45万部売れたという事実に自分を肯定してもらったような感覚になったり、少なくとも45万人の人たちは関心を持ってくれてるということが可視化された気がしています。これからもそれぞれの役割から、世の中に対してできるアプローチをしていけたらいいなと思っているので、ぜひ今後ともよろしくお願いいたします。
斎藤:よろしくお願いします。今日はありがとうございました。
武井:どうもありがとうございました。
斎藤幸平さんほか内田樹さん、平川克美さんなどなど「コモン」に関係することを見聞き読み賛同していきたい一市民です。
気候変動、格差社会の是正にも繋がっていくので、皆さまを応援したいと思います。